| 南米バレーボール | 中村義和 |
|---|---|
| のこされた廃船 | 池神泰三 |
| 底なしの夜が明けたら | 高橋亜季 |
| 戦闘、開始 | 高木尋士 |
| 盃の中 | 阿原乃里子 |
| SOLITUDE | 乾緑郎 |
| 捕物 | 石神夏希 |
| 軍艦島 −負けないみんなの鎮魂歌 | 村松みさき |
| 蔦葛 | 村木直 |
| 葉子 | 金塚悦子 |
| JAPANESE ZoMBIE HoRRoR SHoW | k.r.Arry |
| ジャポニスム漂流 | 霜康司 |
| 長男 | 三谷智子 |
| 海底から故郷は見えたか | なかじょうのぶ |
| 早く、ゆっくりと死ね | 木戸惠子 |
| 明日のアトム | 貞岡秀司 |
| しびれものがたり | ナカヤマカズコ |
| 俯瞰する庭園 | 宇野正玖 |
| SOLITUDE | 乾緑郎 |
|---|---|
| 葉子 | 金塚悦子 |
| 長男 | 三谷智子 |
| しびれものがたり | ナカヤマカズコ |
| 俯瞰する庭園 | 宇野正玖 |
| しびれものがたり | ナカヤマカズコ |
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| 最終選考会は、2008年12月14日、紀伊國屋ホール(東京都新宿区)において公開で行われた。 審査員は、川村毅・鴻上尚史・斎藤憐・坂手洋二・佃典彦・土田英生・横内謙介。 受賞作と最終候補作をすべて掲載した「優秀新人戯曲集2009」は、 ブロンズ新社から発売中(本体1,600円+消費税)。 ISBN978-4-89309-460-5 C0074 |
| 選考経過 川村毅 『SOLITUDE』について坂手氏はこう語った。「クロニック・デジャブという症状を扱ったことは興味深いが、謎を説明しすぎ。もっと隠す部分があってよい」。土田氏は、「都合よく話を進めすぎている。謎解きが早すぎる。登場人物の背景をもっと書いて欲しい」。横内氏は語った。「話がベタ過ぎるという意見もあるようだが、ベタであって何が悪い。この戯曲の弱さとは、逆にドラマのベタさが足らないところだ」。 『葉子』について斎藤氏はこう述べた。「この劇も謎解きふうに書かれているが、本来演劇はそうしたサスペンスになじまないのではないか。島尾と葉子の話はおもしろいが、女の役をもっと書き込んで欲しかった」。土田氏は「幽霊とわかった瞬間に読んでいるほうは冷める」。佃氏は「死んだ葉子と生きている葉子との出会いの化学反応を期待したのだが、会わせたというだけで満足してしまっている」。横内氏は「幽霊にしなくてよかったのではないか」。 『長男』について土田氏はこう話した。「この手の劇は町の情景から入らないと話が弱くなる。焦点が絞り切れていない。亀井静香とか饅頭恐いのバカバカしさで突っ走ればよかった」。鴻上氏は「もうひとつアイデアが欲しい」。坂手氏は「事情の後出しが多い」。佃氏は「七海の登場に力がない」。 『しびれものがたり』について斎藤氏はこう評した。「とてもおもしろかった。しびれ薬を飲みたいと思うプロセスをもっと書いたらよかった」。横内氏は「ぞっとするリアリティがあった。感覚を失うシーンが秀逸」。坂手氏は「寓話故のディテールが足りない」。佃氏は「薬がいつしびれ薬になったのか、曖昧。発想はいい」。 『俯瞰する庭園』について坂手氏はこう論じた。「しびれていく感覚が描かれている」。斎藤氏は「これは一種の詩劇だが、日本の戯曲で詩劇が成功したためしはない。これも失敗している」。鴻上氏は「なんだかよくわからないが、筆力はある」。 休憩前の一回目の投票はひとり二作を選ぶ。川村は『しびれものがたり』と『俯瞰する庭園』、横内氏は『SOLITUDE』と『長男』。坂手氏『SOLITUDE』と『しびれものがたり』。斎藤氏が『長男』と『しびれものがたり』。佃氏『SOLITUDE』と『長男』。鴻上氏『長男』と『しびれものがたり』。土田氏が『葉子』と『長男』という結果となった。 審査員の全員に絶対これ一作を推すという気概で投じるものはなく、この結果を踏まえて、「あえて一作を選ぶとしたら」という投票に進んだ。結果、『しびれものがたり』を推したのが、川村、坂手、斎藤、鴻上の四名。『長男』を推すのが、横内、佃の二名。土田のみが『葉子』を推した。土田氏は結果を見て、『長男』支持に回り、『しびれ』を推す四名と『長男』の三名との論戦と相成った。 斎藤「『しびれ』のリアリティにはすごく共感できる」。佃「『しびれ』はアイデアの一発勝負でしかない。自分がそうだからよくわかる」。土田「『しびれ』は虚構を作るのに安易過ぎる。書いているうちに作者がブレている」。横内「『長男』は生き生きと登場人物が描かれている」。斎藤「『長男』には自己批評性がない。故郷がいいと主張されても、それからの方向性がない」。横内「そうはいうが、『長男』の台詞の上手さは評価すべき」。坂手「『長男』はもっとおもしろくなるべき」。川村「『長男』のラストは現代戯曲として後退戦でしかないのではないか」。 『しびれ』のアイデア、世界観を取るか、『長男』の台詞と人物造形の巧みさを取るかというのが議論の中心であった。さらに、「しかし『長男』の台詞はそんなに上手いか」といった指摘も一審査員(筆者・誰であったか失念)から為され、佃氏は「『しびれ』のストーリー運びの粗さを細かく論じた。 両派譲らずという展開になったが、議論はほぼ十分やったという判断で、一票差で『しびれものがたり』が最優秀作と決まった。横内氏より『長男』を佳作かなにかに、という意見も出たが、議論展開を公開審査という場で作者、観衆にほぼ十分聞いてもらったし、一度佳作という枠を出すと毎年切りがなくなるのではないかという司会の判断で、引っ込めてもらった。
選評 川村毅 私は『しびれものがたり』を終始推していたが、五作のなかではこれがいいという相対的な評価であって、現実にこの戯曲が上演されておもしろいと感じられるかどうかは正直いってわからない。あるいは演出家が、作家の想像の範疇を超えた意匠で演出するとおもしろくなる戯曲かも知れない。 『俯瞰する庭園』は、審査会でも言ったが、わからないといってもわかったふうに論じても、作家本人のにやにや笑いが透けて見えそうなたちの悪い戯曲で、この手のはけっこう嫌いではないのだが、いかんせん、そのたちの悪さに一本筋が通っていないというか、姿勢が悪いというか、作家の自信ありげな振る舞いに他者性が見えない。 『長男』は実にノッテ読めて、悪いとは思わないが、『しびれものがたり』と並んだ時に、このノーテンキなラスト、すなわちかつて映画作りに熱中していた男たちが中年になって再びその夢に向かうという結末は、そんなアホなとつぶやかざるをえない。「映画=夢=男のロマン」などという図式が今どうして有効に機能するだろうか。 鴻上尚史 接戦でした 『長男』は、非常にオーソドックスな設定で、人情悲喜劇を手堅く描いたのですが、ラストの場が、構成上、どうにも余計でもったいない印象でした。また、人数の出入り、構成をもう一度、整理すると、さらにいい作品になるのではないかと思いました。 『しびれものがたり』は、その最初のアイデア、「身体の一部が理由なくしびれ」、「痺れた箇所の感覚が他人が代わりに感じることができる」が秀逸です。自分が感覚を失くす、けれど、それを代わりに感じる人間がいる。 この設定だけで、最優秀賞を取ったと言っても過言ではありません。というのも、その後の展開が、どうも、帳尻合わせの感が強く、実にもったいないと思うからです。 この作品は、最初のアイデアを丁寧に守り、整理すれば傑作になると思います。 斎藤憐 最終審査会では、三谷智子さんの『長男』と、ナカヤマカズコさんの『しびれものがたり』の二作に票が別れた。 『長男』では、隣町との合併が間近の町で神社を壊してマンションを建設する音が絶えず聞こえている。まさに現代だ。一方、母親の離婚によって亀井静香という名前になった娘がイジメに会ったり、大切な試合での落球がもとで白い饅頭がトラウマになっている婚約者、剣菱という名前なのにめっぽう酒に弱い草野球の監督など、笑いも用意されている。しかし、映画製作者になることを断念してレンタルビデオ店で働く若者たちが、消えゆく町と野球の試合のドキュメンタリーを撮るという結末はなんとも淋しい。菓子屋の長男が妹の婚約者に跡取りを譲るという優しさが納得できなかった。 『しびれものがたり』は、強いてジャンル分けをすればSF戯曲である。そして、SFは演劇になりにくいと言われている。 しかし、ナカヤマさんの作品では、味覚を失った定食屋の料理人、徴兵忌避のために足を撃ち、両手の触覚を失ったこの町で唯一の成人男性が登場する。窮屈な靴下や枕カバーの匂い。動物とちがって人間は視覚と少しばかりの聴覚に依存してこの世界を認識しているという。その意味で、味覚と触覚、嗅覚の消失のために自ら薬を飲むという物語は恐い。それは、マザー・タウンに統治されていることを忘れるためなのか? 代理人は言う。「僕たちは戦争のために作られた。博士の手でね。痛みも温もりも感じない無敵のマシン」。最後に「物語を禁止するマザータウンの指令」を無視することを決める町の人々……。迷わず一票を投じた。 坂手洋二 決定打の出ぬままに 乾緑郎『SOLITUDE』。戯曲で病気を題材にするのはなかなか難しい。ドラマ構造を病気の「事実性」に依存させてはいけない。金塚悦子『葉子』は、仕掛けがややこしすぎた。戯曲で実在の人物、しかも文学者を登場人物にするにはもっと巧妙な作戦が要る。そして劇中に扱う創作物を越えるという覚悟が必要だ。三谷智子『長男』は軽妙で楽しい劇世界を目指すには長すぎるし、もっとクオリティを上げてほしい。宇野正玖『俯瞰する庭園』は、世界観自体がぴんと来なかった。ナカヤマカズコ『しびれものがたり』は辛うじて独自のアイデアと演劇的であるための仕掛けを持とうとしていた。しかし他作品に比べ、ずば抜けて良くできているということでもない。そういうわけで今年の候補作にはどの審査員からも「一押し」のものはなかったが、制限時間ぎりぎりまで続いた選考会の討論は活気があった。皮肉なことである。 佃典彦 審査員は今回で二回目なので前回よりも落ち着いて審査会に挑めたと思います。公開審査は自分の劇作家としての資質を問われているようで冷や汗モノです。 『しびれものがたり』が一等賞を取りましたが、僕は最後まで『長男』を推しました。 確かに<触感を代理人に委ねる>というアイデアは演劇的で官能的でもあるのですが、この病が街に蔓延していく理由づけが結局のところ甘いドラマに集約してしまうのが、僕にはどうにも納得がいかなかったのです。それともう一つ、この作家は思い付いたアイデアが途中でブレている気がしたのです。それは<体の一部がシビれる>ことと<辛い想いを忘れる>を途中で混同してしまているフシがあるからです。僕もアイデア一発勝負的な作風なのでその辺りが特に気になったのです。 『長男』はドラマとしては新しい感じはありませんが、僕は最後まで楽しく読みました。『葉子』の久坂葉子に対する思い入れ、『SOLITUDE』の映像的な描写など印象に残る作品もありました。 土田英生 最初は金塚さんの『葉子』を推した。一番素直に戯曲世界に引き込まれたからだ。しかし他の審査員の意見には納得した。実在した人物を扱う時の難しさを思い知らされた。 ナカヤマさんの『しびれものがたり』と三谷さんの『長男』の二作品に絞られてからは私は『長男』を推した。群像劇ともいえるコメディー。様々な欠点もあったし、目新しい事柄を扱っている訳でもない。しかしウェルメイドなものを破綻なく書く作業の難しさを考慮すれば充分だと思ったからだ。今後、圧倒的にうまい作家になって欲しい。 『しびれものがり』に関しては部分的にはとても興味を惹かれたものの、マザータウンなどのネーミングの安易さや戯曲の面白さと作者の狙いが乖離しているのではないかという疑念が最後まで消えなかった。 現役の劇作家が他の作家の作品を論評する。そのことは自らを省みる作業を強いる。今年も私自身が多くの刺激をもらった。受賞されたナカヤマさん、おめでとうございます。 横内謙介 三谷さんに期待する 三谷智子さんの『長男』を推したが、応援の力が及ばなかった。一言でいえば人情喜劇で、モチーフも描かれた人間たちの有様も目新しいものはない。しかし登場人物をきちんと書き分け、読む人を退屈させないで話を転がす、その手腕を高く評価した。三谷さんは、むしろ野心を持って、ありきたりな人情喜劇を書いているはずだと私は期待するが、不支持の審査員からは演劇的な停滞ととらえられていた。このまま終わるのは残念な才能なので、更に徹底して、この路線での鉱脈探しに励んで欲しいと思う。 受賞作『しびれものがたり』は優れて独創的だ。全体の構成に弱さを感じたが、人の感覚を代理で感じる、代理人というアイデアが作品を光らせている。ナカヤマカズコさんの才気に脱帽する。 |
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